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for47778-01.jpgCriterion盤DVD『恐るべき子供たち』のブックレットに掲載されている、エリザベート役のニコール・ステファーヌによる「ニコール・ステファーヌの思い出」と題された談話を翻訳して2回に分けて紹介します。

ニコール・ステファーヌは2003年に亡くなりましたが、メルヴィル監督の長編処女作『海の沈黙』でも重要な役柄である姪役を務めるなど、特にメルヴィル監督の初期には因縁浅からぬ関係にありました。


ジャン=ピエール・メルヴィルとジャン・コクトーに対する次の賛辞は、『恐るべき子供たち』の主演女優ニコル・ステファーヌによって、シネマテーク・フランセーズにおける1999年開催の彼女の業績の回顧展に伴う目録のために書かれた。
これは、今回のDVDのリリースのためにアレクサンドル・マビヨンによって翻訳されたものである。
ステファーヌは、2007年3月に亡くなった。

ニコール・ステファーヌの思い出

私は当時24歳で、ちょうど、ジャン・ピエール・メルヴィル監督の下で『海の沈黙』(1949)を撮り終えたばかりだった。
私は、この口数少ない人物が、私の女優としてのキャリアを変えることになろうとは想像すらできなかった。

『海の沈黙』のプレミアの夜、多くの群衆によって周囲を取り囲まれている私を、ジャン・ピエールは自分が会わせたがっていた人物の前に、何も言わずにいきなり押し出した。
その人物には、そんなことでもなければ自分から話しかけることは決してなかったであろう…なぜなら、私は長い間その人物をずっと尊敬していたのだから。
私を魅惑したその人物が、ジャン・コクトーその人であった。

コクトーは、彼がジャン・ピエールに『恐るべき子供たち』(1950)を監督するように依頼したこと、そして私がエリザベート役を演ずることになるはずだと私に話した。

コクトーが私に、エリザベート役を演じることを、当たり前のように、ごく自然に求めたことに私は大変に感動した。
この冒険は私を夢の国へと駆り立てたのである。

image95.gif『恐るべき子供たち』の撮影は6週間続き、そしてその半分以上が夜に撮影されたために、その夢のような経験はいっそう強烈なものとなった。

それでもなお、決して万事が容易に運んだわけではなかった。
というのも、ジャン・ピエールとコクトーの感性が、芸術的に大変一致点が多いにもかかわらず、他の多くの段階で衝突したからである。

まず第一に、音楽である。
コクトーはジャン・ヴィエネル(訳注:元々クラシック畑の作曲家、演奏家だが、ジャズにも造詣が深い。ジャック・ベッケル監督の『現金に手を出すな』の音楽でも有名)の起用を望んでいたが、ジャン・ピエールはバッハの4つのピアノのための協奏曲を使用することを希望したのだ。
これに関しては、ジャン・ピエールが勝利を収めた。

次に、エドゥアール・デルミットについてである。
ジャン・コクトーは彼がポール役に完璧だと考えていたが、ジャン・ピエールは彼に、役に必要な人間的なもろさを見い出しかねていた。
この対立でジャン・ピエールは敗れてしまい、そのことで彼はエドゥアールに対しとりわけ厳しく要求するようになった。


 この項、続く。
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フランス映画、ジャズ
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フランスの映画監督ジャン=ピエール・メルヴィル監督作品のファンサイト附属のブログです。
メルヴィルを始め、往年のフランス映画やアメリカのフィルム・ノワールのほか、JAZZ、松田聖子など好きな音楽についても綴っています。
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