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恐るべき子供たち』の国内盤DVDがIVC BEST SELECTIONの一環として2月22日に再発されました。

もう何度も再発されているDVDですが(内容も同じだと思われます)、価格的にはこれまでで一番安価での発売となります。
ご興味ある方は是非。

この映画もそろそろニューマスターなり、ブルーレイなりの高画質で観たい気もしますが、とりあえずはこれで我慢するしかないですね…。

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現在下高井戸シネマでは“ジャン・コクトーの世界”と題した特集上映が組まれていますが、メルヴィルの『恐るべき子供たち』(50)も上映される予定です。

下高井戸シネマ『恐るべき子供たち』上映日時
1/18(水)〜1/20(金) PM 4:15~(終6:05)
1/26(木)〜1/28(土) レイト PM 9:15~(終11:03)


sekaimeisaku.jpgHPのトップページ(NEWS)にてお知らせ済みですが、メルヴィルの『恐るべき子供たち』(50)が池袋・新文芸坐の『世界名作ア・ラ・カルト』なる特集上映にて1月24、25日の両日上映されます。
(上映時間は 12:05 16:25 20:45 の1日3回)

http://www.shin-bungeiza.com/schedule.html
http://www.shin-bungeiza.com/pdf/201001_shugyoku.pdf

常にチェックしているわけではないので分かりませんが、新文芸坐でのメルヴィル作品の上映はいつ以来なのでしょう。
結構珍しいのではないでしょうか。
併映がアンリ・ヴェルヌイユ監督の『地下室のメロディー』というのがまたなんとも…。

他の日では、31日のビクトル・エリセ監督『ミツバチのささやき』『エル・スール』の二本立てが興味深いですね。

Criterion盤DVD『恐るべき子供たち』のブックレットに掲載された『ニコール・ステファーヌの思い出』と題された談話の続きです。


image97.gif私は、詩人(訳注:もちろんコクトーのこと)が撮影所に顔を出すことが特に好きだった。
彼は差し入れを持ってきては皆を狂喜させ、彼の前では上手く演じられるエドゥアール・デルミットを勇気付けていたのだ。
彼は撮影所をまるで猫のように行き来し、スタッフを魅了し、私たちを夕食に誘い、深夜、密かに帰ったものだ。
 
私は、病気になったジャン・ピエールの代役を詩人が瞬時に務めた日のことを覚えている。
それは我々が海辺のシークエンスを撮影していた時だった。
私たちはまるでバカンスの子供たちのようだったし、彼がその代役を喜んでいたのがよく分かった。
彼は私に話したものだ:
「私の可愛い人よ、君はこのように演じるべきではないのかな」
私は“彼の可愛い人”であることに感激した。

ある日の昼食時、印象的な眼を持った控えめな感じの男性が部屋に入ってきた。
彼はウットリするほど冷たく青い眼をしていた。
彼はジャン・コクトーの真向かいに座り、それから熱のこもった論議が始まった。
彼は、サラ・ベルナールと19世紀のコメディ・フランセーズについて話をした。
私の耳にはいまだに彼の騒々しい笑い声が、眼(まなこ)には彼がコクトーの真向かいに座っている光景が残っている。
その人物はジャン・ジュネであった。
 
image96.gif寝台車のシーンで、ギリシャ人風の横顔を造るため、私は鼻の上に洗濯挟みを当てることになっていたのだが、あまりの酷い痛みに耐え切れず、思わず“カット!”と叫んでしまった。
それに対しジャン・ピエールは激怒し、私が彼の権限を奪ったことを決して許さなかった。
すべてのスタッフ、技術者たちは、彼の私に対する激烈さに呆然としていた。
けれども次の2日間、私の鼻がひどく傷付いてしまったため、私は撮影をすることができなかった。
 
『恐るべき子供たち』以後、ジャック・ベルナールと私だけがいまだ近しい関係にある。
エドゥアール・デルミットは、亡くなる数日前、私に次のように言った。
「あの映画で医者が私を診察しながら“33、33”と私に言わせたシーンのことを覚えているかい?幸福だったあの頃が懐かしいよ。」
 
批評家たちは映画に対してさして好意的ではなかったし、また、彼らの任務が再びジャン・コクトーを痛めつけることであったにせよ、確かに私たちは幸福であった。
映画に対する誤解によって傷ついたコクトーは、アンドレ・フレニョーによるインタビューの中で次のように語っている:
「批評家に酷評されたこの映画は、作品に見合った十分な評価が与えられていません。いまや、この映画の見地からの理解なしに、また、ニコール・ステファーヌとエドゥアール・デルミットの主役のイメージなくして、『恐るべき子供たち』の本を再読することは私にとって不可能なのです。何度も言いますが、私はこの映画に惚れ込んでいます。そして、この映画はいつの日か必ず名作と呼ばれることでしょう。」

コクトーの言葉は全くもって予言的だった。
公開から25年後に、フランソワ・トリュフォーが「ジャン・コクトーの最高の小説が、ジャン=ピエール・メルヴィルの最高の映画になった。」と書いたように、私もコクトーのその言葉を今日さらに強く確信するようになっているのだ。



この項終わり。

for47778-01.jpgCriterion盤DVD『恐るべき子供たち』のブックレットに掲載されている、エリザベート役のニコール・ステファーヌによる「ニコール・ステファーヌの思い出」と題された談話を翻訳して2回に分けて紹介します。

ニコール・ステファーヌは2003年に亡くなりましたが、メルヴィル監督の長編処女作『海の沈黙』でも重要な役柄である姪役を務めるなど、特にメルヴィル監督の初期には因縁浅からぬ関係にありました。


ジャン=ピエール・メルヴィルとジャン・コクトーに対する次の賛辞は、『恐るべき子供たち』の主演女優ニコル・ステファーヌによって、シネマテーク・フランセーズにおける1999年開催の彼女の業績の回顧展に伴う目録のために書かれた。
これは、今回のDVDのリリースのためにアレクサンドル・マビヨンによって翻訳されたものである。
ステファーヌは、2007年3月に亡くなった。

ニコール・ステファーヌの思い出

私は当時24歳で、ちょうど、ジャン・ピエール・メルヴィル監督の下で『海の沈黙』(1949)を撮り終えたばかりだった。
私は、この口数少ない人物が、私の女優としてのキャリアを変えることになろうとは想像すらできなかった。

『海の沈黙』のプレミアの夜、多くの群衆によって周囲を取り囲まれている私を、ジャン・ピエールは自分が会わせたがっていた人物の前に、何も言わずにいきなり押し出した。
その人物には、そんなことでもなければ自分から話しかけることは決してなかったであろう…なぜなら、私は長い間その人物をずっと尊敬していたのだから。
私を魅惑したその人物が、ジャン・コクトーその人であった。

コクトーは、彼がジャン・ピエールに『恐るべき子供たち』(1950)を監督するように依頼したこと、そして私がエリザベート役を演ずることになるはずだと私に話した。

コクトーが私に、エリザベート役を演じることを、当たり前のように、ごく自然に求めたことに私は大変に感動した。
この冒険は私を夢の国へと駆り立てたのである。

image95.gif『恐るべき子供たち』の撮影は6週間続き、そしてその半分以上が夜に撮影されたために、その夢のような経験はいっそう強烈なものとなった。

それでもなお、決して万事が容易に運んだわけではなかった。
というのも、ジャン・ピエールとコクトーの感性が、芸術的に大変一致点が多いにもかかわらず、他の多くの段階で衝突したからである。

まず第一に、音楽である。
コクトーはジャン・ヴィエネル(訳注:元々クラシック畑の作曲家、演奏家だが、ジャズにも造詣が深い。ジャック・ベッケル監督の『現金に手を出すな』の音楽でも有名)の起用を望んでいたが、ジャン・ピエールはバッハの4つのピアノのための協奏曲を使用することを希望したのだ。
これに関しては、ジャン・ピエールが勝利を収めた。

次に、エドゥアール・デルミットについてである。
ジャン・コクトーは彼がポール役に完璧だと考えていたが、ジャン・ピエールは彼に、役に必要な人間的なもろさを見い出しかねていた。
この対立でジャン・ピエールは敗れてしまい、そのことで彼はエドゥアールに対しとりわけ厳しく要求するようになった。


 この項、続く。

136626fd.jpeg先日BBSにてFauxさんが紹介して下さった本『ムッシュー・コクトー ママとコクトーと私』(キャロル・ヴェズヴェレール著 花岡敬造訳 東京創元社)を早速購入、現在読み進んでいる最中です。
残念ながら、『恐るべき子供たち』に関してはあまり多くページが割かれていないのですが、本の内容は、ジャン・コクトーという魅力的な人物の生身の姿を伝える、読み物として大変面白いものです。

タイトルの“ママ”とはフランシーヌ・ヴェズヴェレールという、『恐るべき子供たち』の映画化を経済的に援助した富豪の夫人のことです。
この映画でエリザベートを演じたニコル・ステファーヌは、夫人のご主人の従妹にあたり、当時ヴェズヴェレール一家と同じ屋根の下に暮していたのです。
そして、ニコルを通じて、ジャン・コクトーとヴェズヴェレール夫人は知り合うことになります。
この本の著者キャロル・ヴェズヴェレールは、もちろんヴェズヴェレール夫人の娘さんのことで、この一家は、この映画をきっかけとして、63年にコクトーが亡くなるまでの間、家族同然の交友関係を続けることになるのです。
ちなみに、この本の著者キャロル・ヴェズヴェレール、ニコル・ステファーヌの近年のインタビューがクライテリオン盤DVD『恐るべき子供たち』の特典映像に収録されています。(この記事の一番下の画像はその特典映像に収められたもの)

フランシーヌ夫人がこの映画を経済的に援助することになった経緯については、本の中で次のように書かれています。

 



メルヴィルはいくつかのシーンの撮影のために工事中の私邸を探していて、また映画を完成するための資金も不足していた。ママは苦労してパパを説得し、合衆国広場の私たちの邸宅を撮影用に提供させたばかりか、映画の完成のための資金まで回収不能を承知でパパに出させた。フランシーヌはこの映画の代母となったのだ。


また、この本の中から、『恐るべき子供たち』のラストを巡る、コクトーとメルヴィルの対立について書かれた部分を引用します。

 



5c141022.jpeg最初の編集の上がりを見るために私はママとスタジオを訪れた。上映後、コクトーとメルヴィルのあいだでかなり激しい議論が始まった。映画のエンディングに関して両者の意見が分かれていることが私にも理解できた。ムッシュー・コクトーはポールとエリザベートが死んだ後、一枚のシーツに包まれて天国に上るという終わり方にしたかった。私はこのイメージを素晴らしいと思ったが、メルヴィルはそのアイディアに断固反対で、監督はコクトーではなく自分だと言い返した。優しすぎるコクトーはメルヴィルの言葉にとても傷ついたようだった。その日の夜、私はママから結局メルヴィルの意見が通って、屏風が倒れるシーンで映画が終わることになった、と聞いた。メルヴィルがコクトーを手酷く扱うのを聞いていたニコルは激怒して彼に平手打ちを加え、メルヴィルの方でも彼女に殴り返したが、クリスタルの灰皿を手にしたママが立ちはだかって、「ニコルに手を出さないで!」と叫んだと言う。私のニコルへの賞賛の念は倍増した。
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マサヤ
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趣味:
フランス映画、ジャズ
自己紹介:
フランスの映画監督ジャン=ピエール・メルヴィル監督作品のファンサイト附属のブログです。
メルヴィルを始め、往年のフランス映画やアメリカのフィルム・ノワールのほか、JAZZ、松田聖子など好きな音楽についても綴っています。
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