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7月9日、松田聖子日本武道館コンサートに行ってきました。

ただし、コンサートの内容についてSNS等で発信することは禁じられているので、ここで言及することはできません。
なので、コンサートに付随する諸々のことなどを。
昨年の武道館コンサートについて書いた記事

コンサートは大盛況でした。
場内はもちろん、会場の外に至るまで物凄い熱気で立見席まで人でいっぱいです。
翌日10日も同じ武道館でコンサートは行われましたが、同じような状況だったのではないでしょうか。

それにしても、これほどの多くの人々をいまだに惹き付けている聖子さんとは一体何者なのでしょうか?
正直なところ、私自身、分かっているようで実は分かっていない気がしてならないのです。

実際、松田聖子とは何ぞや?という疑問は常に私の心の中にあります。
ただ、世間一般における松田聖子と、私たちファンにとっての松田聖子は、重なる部分はあるにせよ、異なる部分もかなりあるのではないでしょうか。
そこのところを混同すると、私自身ますます迷路に入ってしまうような気がします。
私がここで考えたいのは私たちファンにとっての松田聖子です。

武道館に集まったファンは私と同年代の人たちがほとんどです。
特に女性ファンの熱狂ぶりは半端ないです。
実際、会場を埋めているファンの6~7割は女性でしょう。
男性諸氏はだいたい周囲の女性パワーに圧倒され、その反応に流されるままに呆然と”姫”を眺めているだけという感じです。(私もその類)

あそこにいた人たちは、男女を問わず、聖子さんがデビューし世の中を席巻したあの80年代初頭の時代をともに経験した人たちがほとんどなのでしょう。(会場で周囲を見渡せば分かります 笑)
誰もがあの頃はまさに青春真っ只中で、テレビ、レコード、カセットで聖子さんの歌を浴びるように聴いていました。
しかし、松田聖子という一アイドル歌手が30数年後にも大きな存在として自分と関わりを持っているなど、当時は夢にも思わなかったのではないでしょうか。

聖子さん自身、独身時代に著書(!)で「結婚したら引退します」とたびたび書いていましたし、私もいつかはそうなるんだろうなと思っていました。
私は友人の前で「将来は松田聖子と結婚する!」と宣言していましたが(笑)、誠に残念ながらその夢はかなわず、今現在目の前には似ても似つかぬ人が座っています・・・。

それはともかく・・・当時は私たちファンも、部活、受験勉強、恋愛、趣味等、聖子さんだけが青春ではありませんでしたし、なんらかのきっかけで聖子さんから離れてしまった人も多かったと思います。(私は聖子さんの最初の結婚がきっかけ)
しかし、あの時代に聖子さんが私たちに与えたインパクトは、当時の私たちにも想像できないくらい大きいものだったのです。
そうでなければ、こうして今も聖子さんに関わっていないでしょう。

思えば、現在の我々にとって、あの時代を彷彿とさせるような形で生き残っている存在は、ほとんど聖子さんだけになってしまったのではないでしょうか
もちろん、他がすべて消え去ってしまったというわけではないでしょうが、毎年オリジナルアルバムを出し、コンサートツアーをやり、CM等さまざまな話題を提供し、現役感を感じさせるような存在感を放っているのは聖子さんぐらいなのではないかと思うのです。(声の衰えは如何ともしがたいですが・・・)

そういう意味でも、聖子さんはまさしく問答無用の本物の大スターであり、その存在に少しでも近づきたい、同じ空間を共有したいと思わせる人は他にいません。
聖子さんのコンサートは、そういったファンとスターとの結び付きを夢想させる、類い稀な機会であり、そこでは、あの時代の空気、気持ちが多少なりとも心の中に甦ってくるのです。
ある意味、あの時代の同窓会的な場を提供してくれているのが聖子さんのコンサートであると言えるのかもしれません。

ファンにとって80年代の聖子さんの歌がある種のノスタルジーであることは否定できませんが、たとえキーが下がったとしても、また、衰えた声で歌われたとしても、その歌は現在でも決して輝きを失っていません
私たちファンも歳を取り、容姿も境遇も変わりました。
もちろん、聖子さん自身も変わりました。
何もかもが変化した中で、当時の夢を見させてくれるのは聖子さんだけです

その意味でも、聖子さんが毎年のようにオリジナル・アルバムを出すということは意外と重要なことなのではないかと今回改めて感じました。
年に一度のアルバムは、聖子さんという存在が決して過去の遺物ではない、現在進行形のクリエイターであり続けている証でもあるからです。(この際クオリティ云々は問題ではありません)

ただ一方で、コンサートの間、どこか醒めている自分もいます
例年、ニューアルバムからの曲が歌われる前半はほとんど口〇クで、後半のメドレーもかなりの部分がそのように感じます。
それを歌手としてあるまじき行為と見るか、いっときのエンターテインメントを成立させるための演出上の必要悪と見るかは意見は分かれるところかもしれません。
一方で、聖子さんのコンサートにおいてこれはもう長い間行われていることなので(割合は低いものの、80年代半ばから行われていました)、今さら批判しても仕方ないという諦めも正直なところあります。
また、そのことに全く気付いていないファンの人たちも少なくないだろうということも問題を複雑にします。

歌手・松田聖子を考える上で避けて通ることのできない、最も難しい問題がここにあります
一体、聖子さん本人はそのことをどう感じてらっしゃるのでしょうか。
ファンを裏切っているという意識はないのでしょうか。
ファンをなにより大事に思ってらっしゃるであろう聖子さんだからこそ、私はずっと長い間、このことを大変疑問に感じてきました。

聖子さんは歌手であり、コンサートである以上、生歌であることは当然のことです
たとえ、音が外れたり、声が出なかったとしても、それこそが生の歌の醍醐味です。
しかし、それを80年代からずっと続けていたら声の衰えはもっと早く訪れたことでしょう。

どこかで読んだ記事ですが、聖子さんは最初の結婚で一時休業中に、医者からこのまま歌っていけば、そのうち声が出なくなりますよ、というようなことを言われたということです。
それが本当だとすれば、長く歌手活動を続けるためには、誰に何と言われようとこの方法が必要だと考えているのかもしれませんし、ファンの前で松田聖子のイメージをできるだけ壊さないように、喉に危険な歌や負担の大きい歌は生で歌わなくなっているのかもしれません。

しかし、そうであるならば、無理な歌はもう歌わなくてもよいのではないでしょうか
そういった歌は封印して、現在の聖子さんに無理のない歌だけでコンサートを行ったとしても、ファンは納得し、許してくれるのではないでしょうか。

なにより、若い頃に超ハードスケジュールで働かされ、喉を潰してしまった時代を知っているだけに、我々は聖子さんに対して無理を言う気にはなれないという気持ちもあります。
たとえ将来、生歌がコンサートのごく一部になってしまっても、私たちは聖子さんのコンサートに行って喝采を送るような気もします。
正直なところ、私もその辺りの理屈の整合性(?)をどう考えてよいのかよく分かりません。
言っている内容が矛盾しているかもしれませんが、とにかく少しでも長く歌い続けて欲しいのです。
生の舞台で生の歌を歌っていただければ、もう望むことは何もありません。
なによりその存在が我々の生きている証でもあるのですから。

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ボーカル
マサヤ様、初めてのコメントです。いつも楽しく拝読させていただいていますが、今回は私も以前から気になっていた「松田聖子さんがご自身の声の衰えとリップシングについてどう考えて、感じられているのだろうか」という事を書かれていたので私もちょっとコメントをしてみよう、と思いました。私も聖子時代を生きた世代ですので、試験勉強の合間にベットに横になって聖子さんの曲を聴いたり、アルバムやシングルの発売日にレコード屋さんに行って真っ先に買いに行ってオリコンの順位などもドキドキしながら追っていたもうすぐアラフィフ世代なのですが、今思うとあの多感だった時の大切な思い出の節々に聖子さんの歌や彼女の姿がオーバーラップしていた事に今更ながら驚かされます。そしてあの当時の呼吸をするかの様にいとも自然に難しいメロデイーを軽々と歌いこなしていた当時の聖子さんから今の隠しようの無い、見ている側がハラハラしてしまう様な聖子さんの衰えが顕著な声。そしてコンサートなどで曲によってはほとんどリップシンクで通そうとする時の聴いててあからさまなその生の歌声とのギャップ。男性は中年を過ぎても歌唱力や声質の変わる人は少ない様ですが、女性はほとんどの歌手がある一定の年齢を過ぎると生理的現象のためかボーカルが衰える人が多い様に思います。聖子さんも例外ではないのだと思いますが、リップシングはライブでは辞めて欲しい、と個人的には思っています。ダンスアーテイストの場合は技術上仕方の無い事もあるのでしょうが、聖子さんの様にボーカルで聴かせる歌手の場合、リップシングはプロの歌手として出来れば避けて欲しいです。リップシングの声と今現在の生の声があまりにかけ離れていて見ている側にかえって居心地悪さが残るのです。そして当時の曲を今のボーカルで歌う時に過度にオリジナルのメロデイーを崩して、ためにためて歌う歌い方も、正しい音程に届く前にメロデイーが先に進んで一向に音程に届かずに最後まで後追いでオリジナルの音程の半音したで苦しみながら歌う昔の曲を見ていると、ファンと一般の人達も、清く今のボーカルに合わせて音程をもっと下げて歌うか、または封印して歌わないか、のどちらかにして欲しいと思うのです。今のご自身の声の出る範疇で歌える曲を心を込めて生で、数は少なくても良いから歌って欲しいと思います。聖子さんが以前、TV番組のインタビューでコンサートのリハーサルを「お稽古」という言葉で話していたのですが、今の聖子さんにとっては生の臨場感を味わうべきコンサートはお稽古で見せるきっちりつつがなくまとめて演じる舞台、になってきたのかもしれません。ファンとしては本当に苦しいところです。(苦笑)

長文を申し訳ありませんでした。
あつあつ URL 2016/08/23_Tue_16:49:15 編集
Re:ボーカル
あつあつ様
はじめまして。
聖子愛に溢れたコメント、ありがとうございます。
私もまだ大台には乗っておりませんので、ほぼ同世代かと思います(笑)。
当時私もオリコンを買ってランキングに一喜一憂しておりました。
今にして思えば聖子さんに限らず魅力的な音楽の溢れた、いい時代でしたね。

聖子さんのあのパフォーマンスはリップシンクというのですね、勉強になりました。
私もちょっと書き過ぎたかと思いましたが、同じようなお考えのファンの方がいらしてちょっと救われたような気分です。
現在の聖子さんにとって本当にデリケートな、しかし、重要な問題ですね。

同じようなお考えのファンの方はおそらくたくさんいるのだろうと思います。
しかし、どれだけ聖子さんのお耳に届いているのか心もとないですね。
DVDでも確認できますが、一見リップシンクのなさそうな2012年のSEIKO BALLADでも、私の大好きな『水色の朝』や『Believe In Love』でそうなっているのは残念極まりありません。

声はこれから衰える一方でしょうから、今後のコンサートのあり方も含めて、一ファンとして聖子さんにこの問題を真剣にお考えいただきたいなぁーと切に願っております。
常にファンを驚かせてきた聖子さんですから、今後何か新しい形が生まれる可能性がないとは言えないと思います。
今後の展開に期待したいですね。
2016/08/24_Wed_02:10
無題
自分も今年の武道館(7月10日)に行ってきました。
マサヤさんが仰る通り、声の衰えとともに年々コンサートの形態は変えざるを得ない状況ですね。

ファンとしては複雑な思いがある一方、これまでの聖子さんの血の滲むような頑張りを知っているだけに、やむを得ないという感情もあります。

今年からはイヤモニを装着するようになり、ここ数年問題だったタメ歌唱はある程度克服できていたように思います。生声に関しても、去年までとは異なり、今年は力強く比較的クリアだった印象です。特にラジオで聴く彼女の声は、昨年より格段にキレイになったと思います。私見ですが、今年のコンサート開幕前に本格的な喉の治療をしたのかもしれません。

それと10月に発売された新曲「薔薇のように咲いて、桜のように散って」ですが、私はこの曲に今後の聖子さんの方向性を見たような気がします。現在の聖子さんの声は、こういうゆったりしたバラードやジャズっぽいものがすごく合うはずです。

時代に合わせて柔軟に変化していくのも歌手には必要だと思います。そして、聖子さんにはそれができると思います。

ちなみに私はTwitterをやっているのですが、10代や20代の若い人の間で聖子さんファンが非常に増えているのを実感しています。新宿の「ディスクユニオン昭和歌謡館」にも若い人が大勢やってきてレコードを買っていくようです。

“後ろを振り向かずに、前進あるのみ”これこそ、松田聖子の真骨頂だと思います。どんな逆境もチャンスに変えてしまう彼女の魔法はまだまだ健在のはずです。

長々と書いてしまいましたが、今後もともに聖子さんを盛り上げましょう!
ボルドー 2016/11/06_Sun_11:20:17 編集
これからの聖子さん
ボルドー様
はじめまして。
コメントありがとうございます。

今年の聖子さんの武道館行かれたのですね。
仰る通りイヤモニの装着でいわゆるタメ歌唱がかなり少なくなりましたね。
衰えたとはいえ、生声もしっかりしており、ケア次第ではまだまだ良い声が出ると思います。

『薔薇のように咲いて、桜のように散って』で素晴らしいファルセットを聴かせてくれていますが、無理に高音を出そうとせず、ファルセットに”逃げる”のもこれからは必要だと思います。(『SWEET MEMORIES』ですでにその傾向がありますが)
事実、魅力的なファルセットをお持ちなのですから、その特徴を生かして欲しいと思います。
ジャジーなものも是非聴いてみたいですよね。
実際、ボブ・ジェームスとの共演、素晴らしかったですし。

よく言われることですが、聖子さんの音楽はクオリティはもちろん、全然古くならないです。
その辺りが今の若い人たちにも支持されている理由ではないでしょうか。
なんだかんだ言って、昨年の『永遠のもっと果てまで』、今年の『薔薇のように咲いて、桜のように散って』と毎年のように素晴らしい歌を届けてくれる聖子さんはやはり大したものです。
彼女の今後を私はそれほど悲観しているわけではありません(笑)。
マサヤ@管理人 2016/11/07_Mon_14:06:07 編集
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フランスの映画監督ジャン=ピエール・メルヴィル監督作品のファンサイト附属のブログです。
メルヴィルを始め、往年のフランス映画やアメリカのフィルム・ノワールのほか、JAZZ、松田聖子など好きな音楽についても綴っています。
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