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前回からの続きです。

シューベルト『ピアノ・ソナタ第21番』ヴァレリー・
アファナシエフ(ピアノ)(85年)

なかなかシューベルトから抜け出せない。(笑)
しかし、21番のソナタは絶対に外すわけにはいかないのである。

これも暗い思い出がつまった曲だ(笑)。
今ではシューベルトのピアノ・ソナタもかなりポピュラーになったが、昔は出ているCDもさほど多くなかった。
こと21番ソナタに関しては、ホロヴィッツ(53年盤)、ルービンシュタイン、リヒテル、ポリーニ、ルドルフ・ゼルキン(スタジオとライヴの二種)あたりが評価が高かっただろうか。(内田光子やルプー、ペライア等はまだ出ていなかった)

中でもリヒテル盤は評価が高かったが、私はリヒテルのシューベルトでは13、14、15番のソナタは他に並ぶ者のいない鉄壁の名演だと信じているが、肝心の21番のソナタはどうもピンとこなかった。
ライヴ盤も探して聴いてみたが、スタジオ盤と解釈がまるっきり同じでダメだった。
むしろ、ルドルフ・ゼルキンのライヴ盤(77年)の方が好みだった。(特に第二楽章が素晴らしい)

そんな中、発売されたのがギドン・クレーメル主宰のロッケンハウス音楽祭のライヴ盤ヴァレリー・アファナシエフが弾いたCDだった。
これが世のシューベルト・ファンにどれほどの衝撃で迎えられたか・・・このCDを1分聴けばわかるだろう。
ただならぬ雰囲気、異常に遅いテンポの中、一音一音にこめた思索・・・。
異常な曲を異常に演奏すればこうなるという見本のような演奏だった。

そして、私は、この曲の本質、というか、シューベルトという作曲家の本質はこの曲の第4楽章なのではないか?とずっと感じていた。
そして、そのことを演奏で実践してくれるピアニストはほとんどいなかった。
ゼルキンもいい線まで行っていたが、不満が残った。

だいたいこのソナタの第1楽章、第2楽章を感動的に演奏するピアニストは少なくない。
音楽として比較的分かりやすいし、事実、音楽自体感動的に演奏できるようにできている。
一方で、第3楽章、第4楽章はまるで敗戦処理のように惰性で流されてしまうこともままある。
しかし、アファナシエフの演奏は決してそんなことはなかった。
それどころか、私が思い描いていたこの曲の演奏のイメージそのままだったのである!
”この人はなんて分かってるんだ!”と私は感激した。
我が意を得たりとはこのことだ。

他の楽章はアファナシエフよりも気に入っている演奏はあるかもしれないし、これからも現れるだろうが、第4楽章だけはこのアファナシエフの演奏が絶対に規範になるはずだと信じている。(発売からもう30年近く経っているからすでにそうなっているかもしれないが、このところの演奏は聴いていないので分からない)

昨今、アファナシエフのCDは次々と発売されている。
しかも、日本でのライヴ録音がほとんどのようだ。
おそらく日本には熱狂的なファンがいるのだろう。
私はアファナシエフが後にデンオンの所属になって何枚かシューベルトのCDを出した時に聴いたが、ロッケンハウスでのライヴほどの衝撃はなかった。
一度サントリーホールで生にも触れたが(2003年、ベートーヴェンの最後の3つのソナタ。CDにもなっている)、期待が大きすぎたのか、さほど感動できなかった。

実際問題として、現在アファナシエフの演奏を聴く勇気は生にせよCDにせよ私にはない。
もし今後聴く機会があるとしたら、何も考えずに気安くコンサートに出かける気分になった時ぐらいか、それとも・・・。



●シューベルト『冬の旅』フィッシャー=ディースカウ(バリトン)、ムーア(ピアノ)(71年)

『冬の旅』・・・間違いなく古今東西の音楽作品の中で最も優れた作品の一つだろう。
しかし、世間一般でそのように言われることはまずない。
ある意味、この曲集ほど過小評価されている作品もないのではないか。

この曲については、以前フィッシャー=ディースカウが亡くなった時に少しだけ書いたことがある。(リンク
今回も、どの演奏を選ぶかはちょっと迷った。
何種類もの録音が残っているフィッシャー=ディースカウではやはり71年のドイツ・グラモフォン盤が一番だと思うが、ハンス・ホッターの69年の東京でのライヴ盤もかなり好きなのである。
ホッターはもっと若い頃に(54年)EMIに吹き込んだものも名演として名高いが、録音が良くないせいもあって音楽に充分に浸りきれないきらいがある。
それに比べて、声は衰えていても、ライヴの緊張感と息遣いの生々しさ、録音の良さという意味で東京ライヴの方がずっと好きだ。

あと、ペーター・シュライアーがあのリヒテルの伴奏で歌ったCDも忘れられない。
この曲集の狂気性を露わにした演奏で、シュライアーもかなり大胆な表現をしているので好みが分かれそうである。(私も好きかどうかと言われたら苦手と答えるかもしれない)
同時に、この曲においていかにピアノが大きな存在かを分からせてくれたという意味ではさすがにリヒテルである。

しかし、結局フィッシャー=ディースカウの71年のドイツ・グラモフォン盤を選んでおく。
他の演奏にはこの演奏ほどの思い入れはないからである。


続きます。
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