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前回に続く

先行シングルでもありアルバムのタイトルトラックでもあった『風立ちぬ』を当時好きになれなかった理由は一体なんだったのか?

いまだに自分でもハッキリとは分からないのだが、まず、いかにも大滝詠一らしいメロディラインに妙な違和感を感じたのである。
例えば♪今は秋♪の箇所。
また♪すみれひまわりフリージア♪の箇所。

おそらくは大滝自身が歌っていればそれほど違和感は感じなかったのではないかと思う。
いかにも大滝の声のイメージのメロディラインだからだ。
それが聖子さんが歌った途端、当時の聖子さんのイメージや音楽性との乖離が表面化したのではないか。
この曲をさんざん聴いた今ならすっと聴き流してしまうが、当時は聴いていてどうにも落ち着かなかった。

また、アレンジが大仰すぎるように感じられたことも好きになれなかった理由の一つかもしれない。
ストリングスアレンジ井上鑑)があまりにゴージャス過ぎるというか、派手派手過ぎる印象が拭えなかったのである。
派手派手といえば、『夏の扉』も充分派手なアレンジだったが、あれは当時の聖子さんの明るく快活なイメージにほぼ同化していたから違和感はなかった。
しかし、『風立ちぬ』のゴージャスなアレンジは当時のまだ10代だった聖子さんのイメージとはどうも合わない気がしてならなかったのだ。

私は歌詞にも座り心地の悪さを感じていた。
何よりタイトルからして文語体の、およそ聖子さんらしからぬ言葉であり、特にサビの♪今日から私は心の旅人♪という言葉は当時の聖子さんにはあまりにも大人びて響いた気がした。

そう、ぶっちゃけて言ってしまえば、私にとって『風立ちぬ』は当時の聖子さんにはやけに“オバさんっぽい曲"のように感じられたのだ。



最近になって分かったことだが、聖子さん自身、曲に違和感を感じ、『良い曲ですが私には合わないのでは?』と最初は歌うことに抵抗感を示したらしい。
おそらくは聖子さんも分かっていたのだ。
ところが、いざ歌ってみると、聖子さんの天才的表現力が光る曲に仕上がったのは流石である。

世間的によく指摘されるところは♪SAYONARA SAYONARA SAYONARA♪の部分がそれぞれ一言一言歌い方が異なるということだろう。
忘れたい 忘れない♪のところの表現力も凄い。
実際のところ、大滝の歌唱指導は聖子さんがレコーディングに通うのがイヤになるくらい厳しかったようで、ここでの表現力はその指導の賜物かもしれないが、実際に出来てしまう聖子さんが凄い。

それにこの曲のスケール感は只事ではない。
しかも、聖子さんの歌はとても10代の少女の歌とは思えないくらい実に堂々としている。
なんというか歌の佇まいが立派なのである。

これはもしかしたらとんでもなく凄い曲なのではないか?と気づき始めたのは、初めてこの曲を聴いてから30年経ってからだった。
まだ子供だった当時の私にはとてもそこまで考えが及ばなかった。
そして、つい数年前までその頃の感性をずっと引きずってしまっていた。
当時はともかく、30年後まで感性の変わらなかった私は大バカ者である。

シングル発売からちょうど2週間後の1981年10月21日、アルバム『風立ちぬ』は発売される。
次回に続く

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フランスの映画監督ジャン=ピエール・メルヴィル監督作品のファンサイト附属のブログです。
メルヴィルを始め、往年のフランス映画やアメリカのフィルム・ノワールのほか、JAZZ、松田聖子など好きな音楽についても綴っています。
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