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アンリ・ドカがヌーヴェル・ヴァーグの監督に起用されるようになる経緯について、ルイ・マル監督の貴重なインタビューがありますので、紹介します。
当時のメルヴィル作品の受容状況を知る上でも貴重な証言です。



――『死刑台のエレベーター』のキャメラを担当したアンリ・ドカ(ドカエ)は、以後、ヌーヴェル・ヴァーグの名キャメラマンになる人ですが、その前はジャン=ピエール・メルヴィル監督の『海の沈黙』『恐るべき子供たち』『賭博師ボブ』のキャメラマンとして知られていたわけですね。

ルイ・マル いや、当時彼はまったく無名でした。ジャン=ピエール・メルヴィルの映画そのものがふつうの商業ルートからはずれたもので、一般にはまったく知られていなかった。メルヴィルはフランス映画のアウトサイダー的存在にすぎなかったのです。しかし、わたしたち、トリュフォーやシャブロルやわたしは、メルヴィルの映画に熱狂していた。
image5.gifなかでも、『賭博師ボブ』の冒頭のピガール界隈の夜の名残りの薄明の風景を絶妙なモノクロのトーンでとらえたアンリ・ドカのキャメラには、みんな驚嘆し、自分たちが映画をつくるときにはぜひアンリ・ドカのキャメラでやろうと話し合ったことをよく覚えています。
 結局、わたしが最初に映画を撮ることになり、『死刑台のエレベーター』のキャメラマンにはアンリ・ドカを使ったのです。そう、『賭博師ボブ』のあのすばらしい映像に魅せられて、アンリ・ドカに撮影をたのんだのです。そのあと、ヌーヴェル・ヴァーグの最初の作品のキャメラはほとんどアンリ・ドカがひきうけることになった。わたしの『死刑台のエレベーター』に次いで、シャブロルの『美しきセルジュ』と『いとこ同志』、それからわたしの『恋人たち』、そのあとすぐ、トリュフォーの『大人は判ってくれない』と矢継ぎ早に。

――エドゥアール・モリナロ監督の『彼奴を殺せ』やルネ・クレマン監督の『太陽がいっぱい』などのキャメラも担当しましたね。

ルイ・マル そう、あちこちから引っ張り凧でした。シャブロルの『二重の鍵』の撮影もやっています。
 アンリ・ドカはちょっと前に亡くなりましたね。

――昨年(1987年)の三月に七十一歳で亡くなりました。わりと年齢(トシ)だったので、ちょっと驚いたのですが。

ルイ・マル そう、彼はわたしたちよりもずっと年上でした。『死刑台のエレベーター』のときはわたしが二十五歳。彼は四十歳以上でした。その後、彼はフランス最高のキャメラマンになった。「あんたとはもういっしょに仕事ができないね。高すぎて!」などとわたしたちは冗談半分に言ったものですが、本当に最高額のキャメラマンになってしまった。ジャン=ピエール・メルヴィルもその後、大監督になり、アラン・ドロン主演の『サムライ』とか『仁義』といった大作にはアンリ・ドカを使ったけれども、ヌーヴェル・ヴァーグの低予算映画では使いきれなくなってしまった。わたしの場合も、ブリジット・バルドーやジャン=ポール・ベルモンドのようなスターが出た映画にはアンリ・ドカを使うことができた。『私生活』とか『ビバ!マリア』とか『パリの大泥棒』とか。アンリ・ドカは撮影監督としてアメリカ映画もたくさんやっています。たしかに大キャメラマンになったのですが、しかし何かが失われてしまったような気もします。『死刑台のエレベーター』のころの彼はすばらしかった。どんなことでもやってみようという実験精神を持っていた。
(引用―山田宏一著 平凡社刊「わがフランス映画誌」より)


上の画像はインタビューに出てくる『賭博師ボブ』のピガール界隈のワンシーンで、私が付け加えたものです。
インタビューではこの後、アンリ・ドカが、『死刑台のエレベーター』において、イーストマントライⅩ(エックス)という新しい高感度フィルムを使ってライティングなしで夜のシーンを撮るという実験をしたこと、そして、『恋人たち』において、赤外線フィルムを使って擬似夜景を撮るという新たな実験をしたこと、などが語られています。
ヌーヴェル・ヴァーグという映画の新たな潮流と合致した、まさに実験精神旺盛だった頃のドカの姿が語られていますが、このルイ・マルのインタビューでむしろ私が気になるのは、後にドカがフランス「最高額のキャメラマン」になったということと、「しかし何かが失われてしまったような気もします」というドカの変化を暗示するようなマルの言葉です。

そのせいでしょうか、長い間、一枚岩のようなコラボレーションを誇っていたメルヴィルとドカの間にも、やがて不協和音が聞かれるようになります。

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アンリ・ドカ
マサヤ様お久しぶりです。
アンリ・ドカのフィルモ・グラフィーを見ますと『仁義』以降これといった代表作品がないように思います。ルイ・マルのインタビューに書かれていることが、その原因かもしれませんね。それでも後期の作品群、ドロンさんの『チェイサー』やベルモンドの『警部』『道化師』『プロフェッショナル』といった娯楽作品における映像美はさすがドカだなと感じます。
チェイサー 2007/07/22_Sun_22:11:48 編集
無題
チェイサー様
コメントありがとうございました。
確かに仰るように、70年代以降はこれといった作品が少ない気がしますね。
私がそれらの作品を知らないだけかと思いましたが、チェイサーさんもそう感じられたのでしたら、そうなのでしょうね。
クライテリオン盤『仁義』の特典ディスクに収録されたルイ・ノゲイラのインタビューにそのあたりの秘密が隠されているようですので、いずれ取り上げるつもりでおります。
管理人@マサヤ URL 2007/07/23_Mon_01:19:23 編集
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男性
趣味:
フランス映画、ジャズ
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フランスの映画監督ジャン=ピエール・メルヴィル監督作品のファンサイト附属のブログです。
メルヴィルを始め、往年のフランス映画やアメリカのフィルム・ノワールのほか、JAZZ、松田聖子など好きな音楽についても綴っています。
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