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かなり以前のことになってしまったが、松田聖子の80年代のベストアルバム『Seiko Matsuda sweet days』が1月31日に発売された。
それに絡めて、80年代当時の昔話をしてみたい。

聖子さんのベストアルバムはすでに数限りないほど世に出ており、ファンとすればもうお腹いっぱいだが、このアルバムは、デビュー曲『裸足の季節』(80)から『旅立ちはフリージア』(88)までのシングルレコードのA面B面が発売順に収録されていることが特徴である。
なかなかの好企画であり、これまでこの形態で発売されてこなかったのか不思議なくらいだ。

聖子さんの80年代のシングルA面は今更言うまでもなく名曲のオンパレードだが、B面にもそれに劣らぬ素晴らしい楽曲が多かった
Sweet Memories』を始め、『Eighteen』『Romance』『制服』『少しずつ春』『愛されたいの』『蒼いフォトグラフ』『ボン・ボヤージュ』『マドラス・チェックの恋人』等々、枚挙に暇がない。
今回のアルバムのリリースは、それらの名曲の数々が改めて注目される良い機会となったに違いない。
実際、デビュー曲からA面B面の順番に聴いていくと、聖子さんの歌手としての成長ぶり、声質や歌唱の変化が如実に感じられる。
また、当時自分が経験した出来事と聖子さんの思い出が重なり、感無量になる瞬間が一度や二度ではない。

聖子さんのデビュー曲『裸足の季節』の発売日は1980年4月1日だが、まさにその日私は中学生になった
そんな頃、テレビを見ていたら突然耳に飛び込んできた♪エクボーのー♪という突き抜けるような歌声。
それが聖子さんのデビュー曲『裸足の季節』であったのだ。
洗顔料のCMに使われていたのだが(出演していたのは別の人物)、その歌声の印象は強烈で、松田聖子という人物の名前も顔も分からないうちに、私はまず歌声に強く惹かれたのだった。
今こんなことを言うと出来過ぎのような話で嘘のように思われるかもしれないが、本当にあの声には聴く人の心を一瞬のうちに鷲掴みにする力があった。

幻であったこのCMも今ではYouTubeで観られる。
今観ても、そのインパクトの強さはいささかも衰えていない。


それまでは山口百恵という絶大な人気と存在感の人がいた。
私も小学生の頃『潮騒』など何本かの主演映画を観に行った記憶もあるし、ドラマの『赤い~』シリーズもよく観ていたが、あまりにも落ち着き過ぎている印象があったせいか、好きになるほどではなかった(むしろ桜田順子の方がずっと好きだった)。
当時、百恵さんもまだ二十歳そこそこだったのだが、小学生の私からは、まるでオバサンのように見えたことも確かだ。
もっとも、私に比べ6歳年上の聖子さんですら、当時かなりお姉さんに感じられたものである。

それはともかく、間もなく私は聖子さんの姿形も知ることになるのだが、聖子さんのことはなんの疑念もなくスッと好きになったような気がする。(この辺の記憶は曖昧)
当時はまだ子供だったのでレコードを買う習慣もなかったし、いきなり大ファンになったわけでもないが、不思議なくらいごく自然に好きになった記憶がある。

そうこうしている間にセカンドシングル『青い珊瑚礁』で聖子さんはブレイクを果たすのだが、『裸足の季節』ですでに強烈な印象を受けていた私からするとそれは意外でも何でもなく、至極当然という感じだった。
それくらい聖子さんの声、歌、ルックスの愛らしさには計り知れない魅力があったからである。

青い珊瑚礁』でいくつもの新人賞を受賞したせいか、この曲がこの時期の代表曲のように思われがちだし、それも確かだが、サードシングル『風は秋色』の爆発力も忘れてはならないと思う。
当時、周りの連中も『風は秋色』の方が良いという意見が多かった記憶がある。
実際、『青い珊瑚礁』の売り上げは約60万枚だが、『風は秋色』の売り上げは約80万枚で、20万枚も上回っているのだ。
これは後に『ガラスの林檎/Sweet Memories』(83)が異例のロングヒット(85万枚)を飛ばすまでは聖子さんのシングルの売り上げの最高である。

『風は秋色』は、いきなりサビから歌が始まる曲の構成やメロディのイメージ等、今では『青い珊瑚礁』の二番煎じのような言われ方をされることもあるが、二番煎じがオリジナルより遥かに売れたという事実をどう見たらよいのか。
事実、『風は秋色』は冒頭の♪ラララララ♪からして太陽のような声の明るさが本当に素晴らしい。
そして、止め処も無く伸びるハイトーンボイスにさらに進化した表現力が加わって、もう誰も止められないくらいの勢い、破壊力を感じる。
今聴いても、まったく恐ろしいくらいの多幸感を感じさせる最強の楽曲だと思う。


『風は秋色』のB面『Eighteen』(実際は両A面扱い)の魅力も決して忘れてはならない。
先頃亡くなった平尾昌晃が珍しく作曲した曲だが、これは未だにアイドル歌謡の一つの頂点を極めた楽曲だと思う。
テレビでも何度か披露されており、振り付けの可愛らしさも含め、B面としてはあまりに勿体無い名曲中の名曲だ。


前作でブレイクを果たしていたとはいえ、もし『風は秋色/Eighteen』がコケていたら、さすがの聖子さんもここまで大スターになったかどうか。
風は秋色/Eighteen』はその意味でまさに最強のシングルであり、これで人気を磐石のものとした聖子さんは他の追随を許さないトップアイドルとなった。
聖子さんの登場で80年代の幕が開いたとは今となってよく言われることだが、当時の私にはそこまでの実感はなかったものの、中学生になった自分の環境の変化と相俟って、まさに新しい時代が始まりつつあるような、そんな予感がしたものである。

そして、年が変わって81年、第4弾シングルとして『チェリーブラッサム』が発売された。
後で知ったことだが、聖子さん自身、レコーディング時はこの曲を好きでなかったという。
そして、私も当時どちらかというと微妙でそれほど好きな曲ではなかったし、その感じはその後も30年(!)ほども続いた。
しかし、この5年ほどのことだが、YouTubeで当時のこの曲の映像を観て完全に嵌ってしまった。
なんという名曲、素晴らしい歌詞、とてつもない歌唱!!


当時は毎日のように聖子さんがテレビでこの曲を歌っている姿を見ていて、半ばうんざりするほどであったのだが、こんな凄いものを私たちはテレビで毎日のように見ていたのかと思うと、なんと幸福な時代を私たちは過ごしていたのかと神様に感謝したくなってしまう。

それにしても、なんという素晴らしい声なのだろうか。
当時、私もまだ子供だっただけに、聖子さんが歌が上手いとか声がいいとか、実はあまりよく分かっていなかったのである。
声の印象がファンになるきっかけではあったものの、それからは、やはりルックスの可愛らしさであったりとか、テレビやラジオ等で見せるキャラクターの親しみやすさであったりとかがファンである大きな理由となっていった。
しかし、今思い返してみると、とてつもなく素晴らしい声から導き出される表現力こそがやはり聖子さんの最大の魅力であると改めて気づかされるのである。

5thシングル『夏の扉』以降に関しては、またいつか機会があれば。

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フランスの映画監督ジャン=ピエール・メルヴィル監督作品のファンサイト附属のブログです。
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