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松田聖子が85年にSEIKO名義で発表したアルバム『SOUND OF MY HEART』。
ちょうど30年前に発売されたアルバムだが、これはリアルタイムで買った記憶がない。
先行シングル『DANCING SHOES』は12インチシングルで発売され、私も当時買った。
全編英語詞が受けなかったのか、12インチシングルで割高だったせいか、チャート1位にはなったものの聖子さん史上売り上げは最低だったという(もちろん当時)。
85年といえば、聖子さんの最初の結婚があった年。
もしかしたら、そんなことも影響したのか。
しかし、『DANCING SHOES』は大好きな曲だった。
今聴いてもいいと思う。
なんといっても曲がメチャクチャカッコいいし、聖子さんの声の伸びも素晴らしい。
当時はイマイチなシングルが続いていた頃だから、久々の快打といった感じだった。
にもかかわらず、アルバム『SOUND OF MY HEART』を買わなかったのは今思えば不思議である。
そこで1985年当時の時系列を調べてみた。
5月9日 シングル『ボーイの季節』発売
6月5日 アルバム『The 9th Wave』発売
6月24日 12インチシングル『DANCING SHOES』発売
6月24日 神田正輝との結婚式
8月15日 アルバム『SOUND OF MY HEART』発売
『ボーイの季節』は買った記憶があるが、『The 9th Wave』は買った記憶がない。
聖子さんのアルバムは、その前年12月に発売された『Windy Shadow』までは買って聴いていた記憶があるから、この頃私の中で明らかに聖子さん離れが起こっていたことは間違いない。
それにしても今回ビックリしたのは 『DANCING SHOES』の発売日と聖子さんの結婚式の日取りが一緒だったことである。
なにしろ30年前のことだから(笑)よく憶えていないのだが、ファン心にやっぱり結婚はショックだったのだろう。
『DANCING SHOES』の売り上げが低かったのは、私みたいなファンが全国に多かったのではないだろうか。
今みたいにネットもないから当時はよく分からなかったが。
本題に戻るが、『SOUND OF MY HEART』はプロデューサーに大物フィル・ラモーンを迎え、全編英語詞、アーティスト名もSEIKOに変え、全米デビューを目指して作られたアルバムだという。(実際は英国での発売はあったようだが、全米での発売はなし)
しかし、当時は結婚するのになぜ全米デビュー?と子供心にも何が何だか分からなかった。
第一、結婚自体かなり唐突な印象だった。
確かトップテンで司会者が『明日、聖子さんの結婚発表が・・・』と言ったら、何も知らないよ状態だった会場が大いにザワついていたのをハッキリ憶えているし、まして全米デビューなんてほとんどのファンは望んでいなかったと思う。
それに、『DANCING SHOES』のジャケットもそうだったが、ビジュアルの変化もそれまでのファンのニーズと乖離していたと思う。
そのような様々な事態が重なり、多くのファンが離れていったのだろう。(それでも翌年の『SUPREME』では一時的にせよファンが戻ってくることになるのだが)
それから30年近く『SOUND OF MY HEART』は私の記憶の中から消し去られたアルバムだった。
そんな中、2013年暮れの紅白をきっかけに昨年(2014年)私の中で聖子回帰が起こった。
それまでも小さな回帰の波はあったが、それは80年代前半のアルバムやシングルを聴くだけで収まっていた。
しかし、今度の回帰現象はそれまでとは違っていた。
これまで聴いてこなかったアルバムも聴いてみたいという思いが強くなったのである。
まずはこれまで縁のなかった80年代後半のものを、というわけで聴いた『SOUND OF MY HEART』だが、今聴いてみて感じるのは意外にも古さを感じないということである。
もちろん、全米デビューを計算して作られたアルバムだから(プロデュースだけでなく作詞作曲編曲も向こうの人たち)、80年代の洋楽の匂いを強く感じるのは事実だ。
しかし、正直なところ、もっと恥ずかしい(?)音に仕上がっているかと覚悟していたのだが、決してそんなことはない。
各々の楽曲も良いし、なにより聖子さんの声質が非常に魅力的に録られている。
今だからこそ痛感するのだが、聖子さんという人は、声だけで曲を魅力的に響かせてしまう能力の持ち主だから、楽曲にある程度のクオリティがあればそれだけで傑作になってしまうという稀有なアーティストなのである。(『TOUCH ME』などは典型的な例だろう)
今となっては英語詞だからという不満も特になく(英語の発音には若干疑問があるが)、むしろ英語詞だからこそ聴きやすいという面もある。
聖子さんのアメリカへの挑戦はこの後長く続くことになるが、どう見ても商業的には成功したとは言いがたいだろう。
しかし、アメリカで成功したとか失敗したとか私はあまり関心がない。
もちろん一ファンとしては成功した方が嬉しいが、失敗したからといってどうという感もない。
問題はその過程で優れた作品が生み出されたか否かであり、その意味では聖子さんのアメリカ挑戦は一概に失敗だったとは言いきれないのではないだろうか。(このあたりはまた別の機会に詳しく述べたい)
『SOUND OF MY HEART』は今だからこそ再評価して欲しい一枚である。
メルヴィルを始め、往年のフランス映画やアメリカのフィルム・ノワールのほか、JAZZ、松田聖子など好きな音楽についても綴っています。
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