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11月29日、紀伊国屋書店から『ビクトル・エリセ DVD-BOX』、『トリコロール コレクターズBOX』が発売されます。
特にビッグ・ニュースはエリセBOXでしょう。
あの名作『ミツバチのささやき』、『エル・スール』がニュープリントによるニューマスターにてDVD化。
そして、もう1作、『挑戦』(69年)はエリセ監督の映画デビュー作で、日本初登場とのこと。
これはファンならずとも楽しみなBOXです。
個人的には、あの感動的な『エル・スール』を優れた画質で観られるのが楽しみ。
http://forest.kinokuniya.co.jp/ItemIntro/169423
一方、キェシロフスキ監督の『トリコロール3部作』は以前国内盤DVDも発売になっていて、私も所有していますが、現在BOXでは廃盤。
今度の紀伊国屋盤はHDリマスター版とのことで、以前の国内盤に比べ、画質の違いが気になるところです。
http://forest.kinokuniya.co.jp/ItemIntro/169425
久々の日本映画だが、観たのは実は数ヶ月前。
前から当ブログで取り上げようと思いつつ、ずっとそのままになっていた作品。
成瀬巳喜男監督の『女が階段を上る時』(60年)は、銀座のバーで雇われマダムをしている圭子という一人の女性の物語。
監督:成瀬巳喜男
出演:高峰秀子、森雅之、仲代達矢、加東大介
製作・脚本:菊島隆三、撮影:玉井正夫、音楽:黛敏郎
一見、名作然とした作品ではないが、空気感というか雰囲気がたまらなく好きな映画というのがある。
半年くらい前に観たマルセル・カルネ監督の『マンハッタンの哀愁』などもその一つだが、この映画もそう。
これまで観た成瀬巳喜男作品の数はそれほど多いとは言えないが(7~8本といったところか)、個人的にはかなり好みの監督の一人であり、時間が許せば、もっともっとたくさん作品を観たいと思っている。
これまで観た成瀬作品中では、やはり『浮雲』や『流れる』といった作品が個人的にもベスト。
だが、完成度では劣るかもしれないが、好みではこの作品も決して引けをとらない。
昭和30年代の銀座の夜の空気感(?)がなんとも魅力的だし、とにかく主演の高峰秀子が素晴らしい。
亡き夫のために操を守って、男に媚びないというキャラクターはいかにも彼女らしいが、映画全篇で観られる着物姿の美しさ、立ち振る舞いの美しさは正に眼福。
次から次へと当時の日本映画の名優が登場するのも嬉しい。
個人的には占い師役でワンシーンだけ出ていた千石規子がツボなのだが。
玉井正夫の見事なモノクロ映像、ヴィヴラフォーンの響きが印象的な黛敏郎のテーマ音楽も大変魅力的。
拙HPに『海の沈黙』のあらすじを書くため、先日久々にこの作品をビデオで観返したのですが、改めてこれは実に感慨深い映画だと感じました。
もちろん、ヴェルコールによる原作自体が優れた作品だということは忘れてはなりませんが、監督の演出、俳優の演技、カメラワーク、音楽の使い方の巧みさなど、どの点を取っても、一流の映画作品だと思います。
このような優れた映画が、誰の下にも付いたことのない素人同然の監督、無名の俳優、初の長編映画の撮影となった撮影監督(アンリ・ドカの長編映画デビュー作!)という、条件としてはとても恵まれているとは言えない中で撮られたというのは、今更ながら、驚くべきことではないでしょうか。
原作者のヴェルコールは映画化に反対でしたが、これらの悪条件を顧みれば、それも当然のことであったろうと思います。
先に挙げた悪条件の数々は、製作者でもあったメルヴィルが、予算不足から止む無く取らざるを得なかった措置なわけですが、結果として、手法的には、まさに後のヌーヴェル・ヴァーグに先んじた作品となったのです。
この映画は現段階では国内未公開作品ですが、過去に一度だけWOWOWにて放送されました。
私はWOWOWに加入したことはないので、当然、放映時は観ていませんが、さるお方のご好意で、そのビデオをコピーさせていただいたものを観ています。(感謝の一言!)
先年、英Masters of CinemaからもDVDが発売されており、さすがにDVDの画質はそれよりずっと優れていますが、日本語字幕で観られるコピー盤の方が、内容がダイレクトに伝わるので、観る回数が多いです。
映画は、ある男の元へ、別の男がカバンをさり気なく届けるシーンから始まります。
おそらくはどちらもレジスタンス活動家なのでしょう、ゲシュタポの目に付かぬよう、お互いに他人のふりをしながら、地下活動に重要な書類を届け、受け取る、という構図です。
カバンを受け取った男が中を見ると、分厚い新聞紙の束の下に『海の沈黙』の原作本が入れられている、というシーンから映画は始まるのです。
短いシーンながら、占領時代の重苦しい緊張感が見事に表現された、実に印象的なオープニングであり、レジスタンス活動家たちにとっての『海の沈黙』の原作本の意味を如実に示しているかのようです。
ファンの贔屓目かもしれませんが、もし、『海の沈黙』がもっと早い段階で日本で公開されていたならば、ジャン=ピエール・メルヴィルという監督の名声はさらに大きなものになっていたのではないでしょうか。
『海の沈黙』が、あのロベール・ブレッソンにも影響を与えたという事実は、ルイ・ノゲイラ著『サムライ』でも少し触れられていますが、この作品を観る限り、もし、これが日本で公開されていたら、このような意外とも思える事実も、むしろ、ごく当然のこととして捉えられていたのではないかと私には感じられます。
後年、フィルム・ノワールという犯罪映画の分野で確固たる地位と名声を築くことになるメルヴィルですが、監督としてのスタートで、このような文芸作品の見事な映画化を成し遂げていたことは多くの映画ファンに知られて欲しい事実です。
それだけに、この9月、映画祭『フランス映画の秘宝』において、『海の沈黙』が“日本初公開”されるのは、遅過ぎた感はありますが、画期的な出来事であると言えるでしょう。
HPの『海の沈黙』紹介のページ
最近本屋を覗いて見つけた本を紹介します。
とはいっても、買って読んだわけではないんですが。
『フランス映画の社会史 マリアンヌのフィアンセたち』
ピエール・マイヨー著 中山裕史 中山信子訳 日本経済評論社
内容
日本語版への序文
はじめに
第1章 「フランス人」の原像-1930年代
第2章 新たなチャンス-1935~36年
第3章 労働者階級の死-1937~39年
第4章 ドイツ熱とフランスの再建-1940~44年
第5章 白馬の騎士の出現-1945~59年
第6章 アメリカ熱とフランスの解体-1959~68年
第7章 「フランス人」復活-1970~90年
結 語
補 論-2000年以降
訳者あとがき
ジャン・ギャバン、ジャン・マレー、ジェラール・フィリップ、アラン・ドロン、ジャン=ポール・ベルモンド、ジェラール・ドパルデューというフランス映画の6人のスター俳優を、フランス社会との関連性で論じるという、あまりない切り口の本です。
私はドロンとベルモンドの項をパラパラと立ち読みしただけですが、正直言いまして、購入するほどの興味は湧きませんでした。
購入を躊躇したのは、少々値が張るせいもありますが…。
しかし、ドロン、ベルモンドが論じられている書物自体珍しいので、興味のある方はお読みになってみてはいかがでしょうか。
ちなみに、口絵には、『サムライ』のワンシーンの写真が紹介されています。
ネットで読める読売の書評
ジャック・ドワイヨン監督の『ラ・ピラート』を鑑賞。
『La pirate』(84年)
出演:ジェーン・バーキン、マルーシュカ・デートメルス、フィリップ・レオタール、アンドリュー・バーキン、ロール・マルサック
撮影:ブリュノ・ニュイッテン、音楽:フィリップ・サルド
DVDにて鑑賞。
ジャック・ドワイヨン監督の作品を観たのはおそらく初めて。
“80年代フランスを代表する最も重要な傑作”とパッケージにあるが、レズビアン関係を絡めたヒステリックな愛憎劇で、個人的にはちょっと苦手な作風。
ニュープリントというDVDの画質も、年代から期待したほどは良いとは思えない。
ジェーン・バーキンが、夫と元愛人の女性の間で奪い合いになる女性アルマを演じているが、そこまでの魅力が感じられなかった。
正直言って、ジェーン・バーキンは女優としての彼女より、歌手としての彼女の方に魅力を感じる。
キャストで良いと思ったのは、マルーシュカ・デートメルス、フィリップ・レオタール、ロール・マルサック。
とりわけ、フィリップ・レオタールの飄々とした存在感で、映画が救われる気がする。
現代音楽風のフィリップ・サルドの音楽は、さすがにいい味を出している。
『パリの大泥棒』 『The Thief of Paris』
ルイ・マル監督、アンリ・ドカ撮影、ジャン=ポール・ベルモンド主演による67年の泥棒もの。
市販の国内DVDで観ました。
DVDのパッケージによりますと、ベルモンドが大泥棒を演じる一大冒険活劇、とのことですが、観た印象としましては、アクションものとしても、コメディとしても、さらには恋愛ものとしても、どことなく中途半端な感が否めません。
ベルモンドらしい明るいアクションものを想像していたのですが、むしろかなりシリアスな印象も強い。
それに、音楽がほとんどないせいでしょうか、どことなく映画が暗く感じてしまいます。
特に何か凄い盗みのシーンがあるわけでもないし、ラストもなんとも盛り上がりに欠けます。
それに、映画のテンポもあまり良いとは言えず…期待が大きかっただけに、残念ながら、期待外れの印象が強い映画です。
俳優としてのベルモンドの魅力と、豪華な女優陣の顔ぶれはさすがに楽しめましたが、女優の使い方もどことなく勿体無い気がしました。
個人的には、フランソワーズ・ファビアンとベルモンドの絡みがもっと観たかったなぁ。
ジュヌヴィエーヴ・ビジョルドはちょっと子供っぽく見える。
中では、マリー・デュボワが色気もあり、好演。
好きな俳優シャルル・デネが出ているものの、なにせ出演シーンが短すぎる。
短いといえば、ベルナデット・ラフォンも。
キャスティングも良く、アンリ・ドカの撮影も美しいだけに、ちょっと勿体無い映画です。
出演:ジャン・ポール・ベルモンド、ジュヌヴィエーヴ・ビジョルド、マリー・デュボワ、フランソワーズ・ファビアン、ベルナデット・ラフォン、マルレーヌ・ジョベール、シャルル・デネ
フリッツ・ラング監督の『メトロポリス』(27年)を紀伊国屋書店のクリティカル・エディションのDVDにて鑑賞。
この作品を観たのは今回が初めてですが、DVDの画質はかなり良いと思います。
私は普段、SF作品はほとんど観ませんが、この作品にはずっと興味ありました。
というのも、私はこの映画のロボットの実物に対面したことがあるからです。
パリのシネマテーク・フランセーズの映画博物館にこの映画で使われたロボットが展示されており、昨年そこを訪れた際、実物に対面したのでした。
その時点でこの映画は観ていませんでしたが、基礎知識程度はあったので、それなりの感慨はあったのですが、実際にこの映画を観てから対面すると、おそらくはもっと感激したことでしょうね。
シネマテークの博物館では、備え付けのビデオでこの映画のロボットの登場シーンが繰り返し流れていたのですが、そこで見た、ロボットの動き出すシーンのインパクト(不気味さ?)は忘れられません。
残念ながら、館内は写真撮影ができませんでしたので、写真を紹介することはできませんが、シネマテークの外観だけでも紹介します。
そこで、肝心の映画を観ての感想ですが、一言で言えば、「物凄い傑作だとは感じたが、観終わってどっと疲れた」という感じでしょうか。
観ていて疲れてしまったのは、俳優の演技があまりに大仰であることが大きな理由でしょう。
これがドイツ表現主義というのかどうか知りませんが、出演者たちの舞台俳優のような派手なメイク、正邪の違いがハッキリと色分けされたキャラクター、まるで合唱でも歌い出しそうな群集たちの活き活きとした動きなど、まるでワーグナーのオペラを観ているような感覚にとらわれました。
マリア役のブリギッテ・ヘルム、息子フレーダー・フレーダーセン役のグスタフ・フレーリヒによる若い男女のシーンは、どことなく『タンホイザー』の一場面を思い出しましたし、ジョー・フレーダーセンとロートヴァングの二人の絡みは、ミーメ、アルベリヒなどの『ニーベルングの指環』の登場人物たちの絡みを髣髴とさせるものがありました。
とりわけルドルフ・クライン=ロッゲ演じるロートヴァングのキャラクターが強烈でしたが、主演の男女二人のキャラクターは、少々キレイ事に過ぎる感じがして、(ルックスも含め)正直、魅力はあまり感じません。
映画に、思想的なスローガンの影をチラチラ感じてしまうと(映画的にもどれだけ重要性があるのか分かりませんが)、個人的にどことなく退いてしまうので、そのせいで登場人物にあまり共感できなかったというのもあるかもしれませんが。
それでも、この作品が映像作品として観る者を惹きつけてやまない強烈な魅力があるのも確かで、大変な傑作であることには疑いがありません。
機械の動きなど、この時代としては驚異的なものでしょうし、後半の群集の動きの凄まじさには全く驚かされました。
1920年代のドイツ映画ということで、群集たちの動きにその後のドイツ国家の行く末を思い、感慨深いものがなくもないのですが…。
修復されたこのDVDでも、作品の4分の1はプリントが失われたために収録されておらず、その部分のストーリーは字幕で補われていますが、最近どうやら新たにプリントが見つかったとの情報もあり、この素晴らしいDVDを持ってしても、作品を評価するにはまだ早いのかもしれません。
メルヴィルを始め、往年のフランス映画やアメリカのフィルム・ノワールのほか、JAZZ、松田聖子など好きな音楽についても綴っています。
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