[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
マルセル・カルネ監督の『悪魔が夜来る』を国内盤DVD(ジュネス企画)で観た感想。
『LES VISITEURS DU SOIR』(42年)
監督:マルセル・カルネ
脚本:ジャック・プレヴェール、ピエール・ラローシュ
撮影:ロジェ・ユベール
音楽:モーリス・ティリエ
出演:マリー・デア、アラン・キュニー、アルレッティ、マルセル・エラン、ジュール・ベリ、フェルナン・ルドー、ロジェ・ブラン
初見。
中世の時代のお城の中の物語で、ファンタジーなのかなんなのか不思議な映画だが、内容はとても面白い。
コスチュームプレイが苦手な人も多いだろうが(私もその一人だ)、映画が始まってすぐに気にならなくなる。
アルレッティとマルセル・エランが出ていることもあるが、男女入り乱れての恋愛模様は後の名作『天井桟敷の人々』に通じるものがある(スケールはだいぶ落ちるが…)。
それと、この映画の見ものはマリー・デアの美貌だろう。
助監督はミケランジェロ・アントニオーニ。
DVDの画質は思ったよりは良い。
マルセル・カルネ監督の『マンハッタンの哀愁』を国内盤DVDで観た感想。
『TROIS CHAMBRES A MANHATTAN』(65年)
監督:マルセル・カルネ
脚本:マルセル・カルネ、ジャック・シギュール
撮影:オイゲン・シュフタン
音楽:マル・ウォルドロン、マルシャル・ソラル
出演:アニー・ジラルド、モーリス・ロネ、ガブリエル・フェルゼッティ、ジュヌヴィエーヴ・パージュ、ロバート・デ・ニーロ
再見。
原作はジョルジュ・シムノンの『マンハッタンの三つの部屋』(日本では『マンハッタンの哀愁』のタイトルで単行本化)。
シムノンの原作は、実は60年代の初めにジャン=ピエール・メルヴィルがジャンヌ・モロー主演で映画化を企画していたという。
当時のジャンヌ・モローは外交官の夫人という役柄のイメージにピッタリであり、メルヴィルのファンの一人として、映画化が実現しなかったことが大変に残念だ。
しかし、このマルセル・カルネ版のアニー・ジラルドもすこぶる魅力的である。
アニー・ジラルドは外交官の夫人というには庶民的過ぎる感があるし、女性的な色気にも若干欠けるが、演技が素晴らしいので、観ていて不足を感じさせない。
また、相手役のモーリス・ロネとの相性も悪くない。
結果、NYの夜の街の倦怠感と大人の恋愛ムードが交じり合った、実に魅力的な映画となっている。
音楽を担当したマル・ウォルドロンによるジャズもいいが、ところどころハイテンポの曲がメルヴィルの『マンハッタンの二人の男』(58)の音楽に似ているなーと思っていたら、エンドクレジットで『マンハッタンの二人の男』の音楽を担当していたマーシャル・ソラールがウォルドロンと共に音楽を担当していることを知って納得した。
アニー・ジラルドの夫の外交官役のガブリエル・フェルゼッティは、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の『情事』の主演俳優。
そして、意外にもこの映画はロバート・デ・ニーロの映画デビュー作にあたるという。
どこに出ているのかさっぱり気付かなかったが。
マルセル・カルネ監督の『嘆きのテレーズ』を国内盤DVD(パブリック・ドメイン)で観た感想。
『THERESE RAQUIN』(52年)
監督:マルセル・カルネ
脚本:マルセル・カルネ、シャルル・スパーク
撮影:ロジェ・ユベール
音楽:モーリス・ティリエ
出演:シモーヌ・シニョレ、ラフ・ヴァローネ、ローラン・ルザッフル、ジャック・デュビー、シルヴィー
初見。
エミール・ゾラの原作『テレーズ・ラカン』をマルセル・カルネとシャルル・スパークが脚色。
ゾラの原作を映画化した作品はルネ・クレマン監督の『居酒屋』などもそうだが、すこぶる暗い。
この作品もご他聞に洩れずだが、映画の内容は一級のサスペンスで、元水兵役のローラン・ルザッフルが現れてからの後半の畳み掛けるような展開は見事。
今さらながらだが、若い頃のシモーヌ・シニョレは美しい。
演技もすでに完成の域。
相手役のラフ・ヴァローネも役柄に合っていて良いが、それよりも、意地の悪い義母役を演じたシルヴィーが絶品。
口が利けなくなってからの目の演技のコワさといったら…。
ところで、今回観たDVDはパブリック・ドメイン盤で価格は『天井桟敷の人々』と2枚組で驚愕の500円。
更に驚きは画質の良さ。
『天井桟敷の人々』は以前のパイオニア盤DVDに比べるとさすがにガクンと画質が落ちますが、『嘆きのテレーズ』に関しては字幕も含め全く不満を感じませんでした。(廃盤となったパイオニア盤は未見です)
詳しくはこちら。
http://asa10.eiga.com/cinema/30.html
ちなみに料金は大人1,000円 学生・子供500円だそう。
『天井桟敷の人々』HDニューマスター版のDVDがエスピーオーから5月に発売されます。
言うまでもなく映画史上の名作であるこの作品の国内盤DVDはすでにパイオニア盤(原盤:米クライテリオン)という画質的にも品質的にも満足できるDVDが存在しますが、今度の新盤は“HDニューマスター”と謳っているのが気になるところです。
あのパイオニア盤以上に画質が良いというのはなかなか考えにくいですが…。
パイオニア盤は現在アマゾンで取り扱いがありませんので、その意味では今度の新盤は存在意義があるDVDかもしれません。
価格もこの類のものにしては良心的ですね。
ところで、このエスピーオーというレーベル名はあまり聞かない名前ですが、韓国映画などのアジア関連の映像商品を主に扱っているレーベルのようです。
最近では“愛蔵版 欧州女優コレクション”なるヨーロピアン・シネマのシリーズも発売しています。
以下ネタバレあります。
『天井桟敷の人々』はアルレッティ演じるガランスに泣かされる映画だ。
映画の中でガランスは一滴の涙すら流さないが、それでいながら、この女性の哀しさが画面に滲み出ているのである。
この作品は、ガランスという一人の女性に惚れ込んでいる男4人(バチスト、ルメートル、ラスネール、モントレー伯爵)の恋の鞘当てという見方がされる。
ガランスが心から惚れている男は実はバチスト一人なのだが、運命のいたずらからガランスはルメートル(ピエール・ブラッスール)と同棲することとなり、その後、殺人事件の容疑者という立場から逃れるためにモントレー伯爵(ルイ・サルー)を頼り、その愛人となる。
ガランスはモントレー伯爵の愛人(妻?)になりながらも、決して伯爵に心を許しているわけではない。
究極の玉の輿に乗りながらも、相手の伯爵に対し、『あなたのためにできることはなんでもします なんならあなたを愛しているとパリ中に触れ回るわ でもあなたには言います 私は別の人を愛している パリに戻ってきたのもそのためよ でも会えなかった もう発つしかありません』と言い放つ。
私は、ここにどうしようもない運命に流された一人の女性の哀しみを感じずにはいられない。
また、これはフュナンビュル座の桟敷席のシーンになるが、バチストの子供に『おばさんは結婚していないの?子供はいないの?』と問われて『そうよ ひとりきりなのよ』と答える姿も同様だ。
以前はバチストを巡ってライバル心剥き出しだったナタリーに対し『笑うのは くせ』と余裕の笑みを見せていた同じ人間とは思えぬ寂しい姿である。
そして、ラストで馬車に乗って一人去ってゆくガランスの姿ほど哀しく寂しいものはない。
この映画のラストで私が最も心を揺すぶられるのは、カーニバルの群集にまみれたバチストの姿よりも、一人で寂しく去ってゆくガランスの孤独な姿である。
同様に、残されるナタリー(マリア・カザレス)も哀しい。
ラストでバチストはナタリーという妻と子供がいながら、それを振り切ってガランスを追う。
バチストがガランスに追いつくことはおそらく出来ないが、その後ナタリーの母性愛的な深い愛情を持ってしても、バチストがナタリーとの元の生活に戻ることは難しいであろう。
常にバチストとの愛の成就を信じきっていたナタリーであるが、結婚して子供まで設けながらも最後の最後までバチストの真の愛情を得ることはできない…ある意味残酷な物語である。
(この項続く)
マルセル・カルネ監督の『天井桟敷の人々』を国内盤DVD(パイオニア)で観た感想。
『LES ENFANTS DU PARADIS』(45年)
監督:マルセル・カルネ
脚本:ジャック・プレヴェール
撮影:ロジェ・ユベール、マルク・フォサール
美術:アレクサンドル・トローネル
音楽:モーリス・ティリエ、ジョセフ・コズマ
出演:アルレッティ、ジャン=ルイ・バロー、ピエール・ブラッスール、ピエール・ルノワール、マリア・カザレス、マルセル・エラン、ルイ・サルー
再見。
『第一部:犯罪大通り 第二部:白い男』と二部構成の3時間に及ぶ大作であり、言うまでもなくフランス映画史上の金字塔。
この映画はあらゆる映画の中でも別格。
日本人特有の名作主義(音楽なら名盤主義)には辟易とさせられることも多いが、やはりいいものはいい。
現在一番好きな映画は?と問われれば、おそらくこの作品か成瀬巳喜男監督の『浮雲』を挙げるだろう。
どちらもラヴ・ストーリーなのが自分でも意外だが…。
この映画の主な登場人物に幸福な人は一人もいないのかもしれない。
しかし、決して暗かったり、重苦しい深刻な映画ではない。
それは、この映画の主な登場人物一人一人が、あくまで自己に忠実に力強く人生を生きているからだろう。
一方で、フュナンビュル座の舞台裏などのユーモラスな場面のスパイスの匙加減も絶妙である。
初めて観た時は、どうしてもジャン=ルイ・バロー演じるバチストに感情移入して観てしまったものだが、何度か観るたびにバチスト以外のキャラクター(キャスト)にも思い入れが強くなっていく。
女たらしの俳優フレデリック・ルメートルを演じたピエール・ブラッスールは、常に道化を演じているようでいて、時おりシリアスになった時の演技がことさら印象深い。
また、犯罪詩人ラスネールを演じたマルセル・エランがなんとも素晴らしく、ほとんど影の主役ではないかと思ってしまう。
この作品は脚本を担当したジャック・プレヴェールによる煌くような名台詞の数々でも有名だが、実際のところ、この作品の名せりふの多くはラスネールの台詞だったりするのである。
この映画の評価で賛否が分かれる点があるとすれば、ヒロインのガランスを演じたアルレッティについてだろう。
いや、この人の演技や存在感には全く問題はないはずだが、撮影時の年齢が40台後半ということから、彼女の視覚的な“老け具合”がマイナス点として指摘されることがよくあるからだ。
確かにその点が全く気にならないと言えば嘘になるかもしれない。
しかし、ガランスという酸いも甘いも噛分けた困難な役柄は、この時期のアルレッティくらい少々“トウの立った”大女優でなければとても演じ切れなかったであろう。
実際、その声とセリフ術の上手さには観る度に唸らされるし、視覚的には、彼女のうなじから肩にかけての美しいラインが絶品の美しさである。
(この項続く)
メルヴィルを始め、往年のフランス映画やアメリカのフィルム・ノワールのほか、JAZZ、松田聖子など好きな音楽についても綴っています。
リンク、コメント、TB等はご自由にどうぞ。