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前回の字幕検証記事に対しまして沢山のコメントをいただきましてありがとうございました。
その中から、Fauxさんからいただいたコメントを参照させていただきますと、ジャン=フランソワが兄のリュック・ジャルディと食事するシーンでの私の字幕検証に明らかな誤りがあったようです。
私は、東北新社盤DVDとキネマ旬報シナリオを元に、ジャン=フランソワは「兄よりもマチルドの方を身近に感じる」という解釈の方が正しいのでは?と述べましたが、どうやらUPJ盤の「兄をとても身近に感じる」という方が正しいようです。
訂正してお詫びいたします。
さて、個人的に、今回のUPJ盤DVDの字幕で一番問題と思われるのは、ジャン=フランソワがドイツ軍に逮捕された後にドイツ軍の士官に尋問されるシーンではないかと思います。
このシーンの前に、ジャン=フランソワは、デュポン氏なる人物を“レジスタンスと関係がある”と密告する手紙を出すわけですが、そもそもデュポン氏とは誰かという解釈によって、映画の意味合いが大きく変わってきます。
まず、今回のUPJ盤の字幕を見てみましょう。
ジャン=フランソワがゲシュタポ本部の士官の前に連行される直前に、ドイツ軍の下士官の言葉があるのですが、その部分からです。
UPJ盤:
下士官の声 『この男は?』
別の下士官の声 『匿名のタレコミです』
下士官(士官に向かって) 『匿名の密告者です』
(略)
士官 『デュポンをよく知っているんだね』
ジャン=フランソワ 『もちろんです』
士官 『君の組織の名は?』
ジャン=フランソワ 『何のことですか?』
士官 『言わないつもりかね 君の消息が途絶えてしまってもいいんだな』
このUPJ盤の字幕においては、明らかにドイツ軍士官は、ジャン=フランソワを、デュポン氏なる人物を密告した人間、つまり、デュポン氏とは全くの別人として捉えていると解釈できるでしょう。
次に東北新社盤の字幕です。
東北新社盤:
下士官の声 『誰だ』
別の下士官の声 『投書にあった男です』
下士官 (士官に向かって)『問題の男を連行』
(略)
士官 『デュポンというのは偽名だろう』
ジャン=フランソワ 『違います』
士官 『どんな組織に属している』
ジャン=フランソワ 『何の話ですか』
士官 『とぼけるな このまま銃殺になればお前は誰にも知られないぞ』
東北新社盤の字幕では、UPJ盤とは異なり、ドイツ軍士官は、デュポン氏=ジャン=フランソワとして捉えているというように解釈できます。
ただ、ジャン=フランソワの『違います』という受け答えは、否定肯定どちらとも捉えられないこともなく、その意味で問題がありますが、大筋では大きな問題ではないでしょう。
この二つの字幕の違い、解釈の違いは大きな問題ではないでしょうか。
なぜなら、UPJ盤字幕の解釈では、ジャン=フランソワが、デュポン氏なるレジスタンス活動家を密告する、卑劣な裏切り者となってしまいます。
一方、東北新社盤の解釈では、デュポン氏=ジャン=フランソワ、つまり、ジャン=フランソワは自らを密告したのだということが理解できます。
この部分は、ジョゼフ・ケッセルの原作にはない、この映画のオリジナルな部分ですが、それだけに、『影の軍隊』という映画作品を理解する上で、とても重要な部分だと思われますので、この違いは看過できません。
ちなみに、『キネマ旬報』のシナリオはこうなっています。
『キネマ旬報 1970春の特別号 NO.520』シナリオ:
下士官の声 「こいつは何者だ?」
フランス人ゲシュタポ 「密告で捕まった奴ですよ」
下士官 「密告によってたい捕された奴であります」(原文ママ)
(略)
士官 「デュポンというのは、おまえの偽名だろう?」
ジャン=フランソワ 「まあね」
士官 「おまえが属する組織は?」
ジャン=フランソワ 「何の話ですか?」
士官 「トボケると、ためにならんぞ。おまえは偽名のまま銃殺されて、行方不明という扱いになるんだぜ……」
このシナリオの解釈が、東北新社盤の字幕の解釈に近いことは明らかですが、この部分は重要ですので、念には念を入れて、クライテリオン盤の英語字幕を見てみたいと思います。
クライテリオン(Criterion)盤:
下士官の声 「Who is this man?」
別の下士官の声 「The man denounced in the letter.」(注:「denounced」=告発された)
この後ドイツ語の英語字幕なし。
士官 「Naturally, Dupont is the only name you have.」
ジャン=フランソワ 「Naturally.」
士官 「What organization are you with?」
ジャン=フランソワ 「I don't understand.」
士官 「You know the risk you're taking? Being shot under a false name. Your fate would remain a mystery.」
「the only name」という表現が気になるところですが、「唯一の名前」という意味ではなく、“名前だけ”または“上辺の名前”、つまりは“偽名”という意味として捉えられると思います。
ですから、士官の言葉の意味は、「当然、デュポンというのはお前の偽名だな」ということになりますし、ジャン=フランソワの返事は、「もちろんです」という意味になると思います。
この解釈は、「キネマ旬報」のシナリオの解釈と全く同じと考えてよいでしょうし、大筋では東北新社盤の字幕の解釈と同じと考えてよいでしょう。
第一、ドイツ軍士官は、ジャン=フランソワをデュポン氏本人だと認識するからこそ、「おまえの属する組織は?」と問うわけでしょう。
UPJ盤の字幕のように、ジャン=フランソワとデュポン氏が別人だとすれば、ドイツ軍士官は、ジャン=フランソワに対し、デュポン氏の属する組織を問い質すべきだと思いますが、なぜか、ジャン=フランソワ自身が属する組織を問うているのは不思議です。
ちまみに、本『サムライ』(ルイ・ノゲイラ著 井上真希訳 晶文社刊)においては、メルヴィルに対してノゲイラが、「なぜジャン=フランソワは、映画では、ゲシュタポに自分で自分を告発する匿名の手紙を送るのですか?」と問うている箇所もあります。
クライテリオン盤DVD『影の軍隊』ブックレットにはこのインタビュー部分の英訳も載っていますが、それは以下の通りです。
「WHY, IN THE FILM, DOES JEAN-FRANCOIS SEND THE GESTAPO THE ANONYMOUS LETTER DENOUNCING HIMSELF?」(注:「ANONYMOUS」=匿名の、「DENOUNCE」=告発する)
この部分を読む限り、翻訳本の訳に問題は全くないと考えられるでしょう。
この言葉の意味は、もちろん、東北新社盤、『キネマ旬報』シナリオ、クライテリオン盤と同じく、“デュポン氏=ジャン=フランソワ”という解釈と重なるものです。
つまり、今回のUPJ盤の字幕は明らかに誤りだと思われます。
UPJ盤の字幕を読む限り、ジャン=フランソワは、レジスタンス活動から身を引き、その上、デュポン氏なるレジスタンス活動家をも密告した卑劣な裏切り者として解釈されます。
なるほど、UPJ盤のパッケージの裏側には、「ジャン(ジャン=ピエール・カッセル)の裏切りによってアジトが急襲されるに及んで組織は逼迫。」なる記述があります。
おそらく、日本盤製作担当者が、この字幕を観た上で文章を書いたのでしょう。
このシーンの後に、ジェルビエらにアジトとして敷地を貸していたタロワール男爵が銃殺されたというナレーションの入るシーンがありますので、担当者は、もしかすると、デュポン氏をタロワール男爵と誤解して捉えているのかもしれません。
今回のUPJ盤DVDで、初めてこの作品を観る人も多いと思われますが、この字幕によって、(担当者と同様に)映画の内容を誤解する恐れがあるということは大変残念なことだと言えましょう。
Naturellement Dupont est seule identite que vous connaisiez.
生来のデュポンというのが、あなたを同定する唯一のアイデンティティです。
Naturellement.
生来の。
A quelle organization appartez-vous ?
何の組織に属しているんですか。
Je ne vois pas de quoi vous parler.
仰る事がわからない。
Vous savez ce que vous risquez? Etre fusille sous un faux nom que jamais personne sache ce que vous etes venu.
危険を承知の上ですか。偽名のまま銃殺刑になれば、あなたの身元は誰にも知られずにおわりますよ。
*UPJ盤はque vous connaisez「あなたを識別する」を「(あなたが)よく知っている」と誤訳。
[字幕試訳]
あなたは あくまでもデュポン?
もちろん
属してる組織は?
何のことですか?
覚悟は?
偽名のまま銃殺刑になれば
あなたの死に誰も気づくまい
問題箇所のフランス語の聞き取りと試訳、ありがとうございます。
フランス語の本来の意味が分かって大変勉強になります。
「identite」という単語の誤訳が原因なのですね。
お蔭様で、今回の字幕の問題点がハッキリと浮き彫りになったと思います。
"Naturellement Dupont est seule identite que vous connaisiez."を「生来のデュポンというのが、あなたを同定する唯一のアイデンティティです」と訳しましたが、硬く訳すと「生まれながらのデュポンというのが、あなたならではの唯一の人格ですね」という感じで、もう少し日本語的にこなれた訳にすると、「もともとデュポンというのがあなたが唯一名乗っている名前ですね」「もともとです」という感じでしょうか。
ここはうまく訳しづらいところ。
フランス語的には普通の言い方なのかもしれませんが(そのあたりのニュアンスは、さっぱりわかりませんが)、英語訳でさえ、おそらく抽象的な言い方すぎて違和感があるため、identityでなくnameを用いています。
「アイデンティティ」という概念は日本語になじまず、「身元証明」とか「同一性」という訳語がふさわしい場合もありますが、ここでは「別人を装っている」ことにたいする皮肉が込められているので、さらに意訳すれば「確かにデュポンという人物は、あなたに間違いありません」「確かです」という感じでしょうか。
原語のニュアンスを詳しく説明して下さってありがとうございました。
言葉によって、ニュアンスがそれぞれ異なるようで、これはもともと日本語にしづらい言葉のようですね。
だからといって誤訳してもしょうがないということにはなりませんが・・・。
字幕翻訳者がもう少しストーリーの流れを理解した上で取り組んでくれたのなら、今回の誤訳の問題は防げたのではないかと思われ、その点が残念です。
メルヴィルを始め、往年のフランス映画やアメリカのフィルム・ノワールのほか、JAZZ、松田聖子など好きな音楽についても綴っています。
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